第348篇 秦攻赵赵王使赵括六
出处:战国策·秦策五
📜 原文(文言文)
秦攻赵,赵王使赵括将兵。括母曰:“括不可使将。”王曰:“母置之,吾已决矣。”括母曰:“王终遣之,即有不称,妾得无随乎?”王曰:“不也。”括母因曰:“王使括为将,括必败赵。括父奢为将,时得王所赐金帛,尽以与军吏士大夫,受命之日,不问家事。今括一旦为将,东向而朝,军吏无敢仰视之者,王所赐金帛,归尽藏之,乃日视便利田宅可买者。王以为若其父乎?父子不同,执心各异。愿王勿遣。”王曰:“母置之,吾已决矣。”括母曰:“王终遣之,即有不称,妾得无随乎?”王曰:“不也。”括遂行,代廉颇为将。军败,赵卒数十万坑于长平,括母先言,得免。
📖 白话文翻译
秦、趙を攻む。趙王、趙括をして大将たらしむ。括の母、言う:「括は大将たるべからず。」趙王曰く:「母は之を置け。吾已に決せり。」括の母曰く:「大王必ず之を遣らんと欲す。若し其の不称あるも、妾、坐せざるを得んや。」趙王曰く:「坐せざらん。」括の母乃ち言う:「大王括をして将たらしむ。括必ず趙を敗らん。括の父奢の将たるや、大王の賞賜する金帛を得れば、悉く軍吏士大夫に分け与え、命を受くるの日より、家事を問わず。今括一旦将となれば、東向して坐して朝見を受け、軍吏敢えて之を仰視する者なく、大王の賞賜する金帛、悉く家に持ち帰りて蔵し、日々安き田宅の買うべきを問う。大王、其の父に類せりと思うか。父子異心なり。願わくは大王之を遣らざれ。」趙王曰く:「母は之を置け。吾已に決せり。」括の母曰く:「大王必ず之を遣らんと欲す。若し其の不称あるも、妾、坐せざるを得んや。」趙王曰く:「坐せざらん。」括乃ち発し、廉頗に代わりて大将と為る。軍敗れ、趙の士卒数十万、長平に坑せらる。括の母、先言有りしを以て、坐するを得ず。
💡 商战启示录
趙括の敗北は、机上の空論に陥り、実戦の経験に乏しく、かつ自己中心的な振る舞いで部下を顧みなかったことに起因する。その母は、彼が「金帛を私蔵し、軍事を顧みない」という品性を洞察し、必ず敗れるであろうと予見した。現代のビジネスにおいても、多くの創業企業や大企業が「スター経営者」を外部から招聘するが、経歴は華々しいものの実態から乖離し、戦略を重んじるあまり実行を軽視し、チームワークを顧みず、ついにはプロジェクトを崩壊に至らしめる例が少なくない。例えば、某シェア自転車ブランドは多国籍企業の幹部を高額報酬で招聘したが、盲目的に拡大を進め、運営の細部やコスト管理を顧みず、最終的に資金繰りが破綻した。対照的に、ファーウェイの任正非は終始「顧客中心主義、奮闘者本位」を強調し、将帥の恩賞をチームに分け与え、自ら最前線に赴くことで、持続的な成功を収めてきた。趙括の母の諫言は、実に「徳が位に伴わない」ことへの戒めである——指導者の器量、価値観、そしてチームの結束力こそが、表面的な才覚よりもはるかに重要である。現代の企業が幹部を選抜する際には、その者の過去の実戦的な成果、利益配分の方法、チーム内での評判を考察すべきであり、学歴や弁舌の巧拙のみを見るべきではない。同時に、「母の言」のような監視の仕組みを設け、内部の異議申し立てを許容し、独断専行を避けるべきである。例えば、テンセントは「総弁会」による集団的意思決定を設け、個人の英雄主義を防いでいる。商戦は兵戦に同じく、己を知り彼を知るのみならず、人を知りて人を適所に用いることを要する。かくしてこそ、「長平の坑」を免れ得るのである。