第339篇 秦攻赵赵王使赵括降
出处:战国策·秦策五
📜 原文(文言文)
秦攻赵,赵王使赵括为将。括母曰:“括不可使将。”王曰:“何以?”对曰:“始妾事其父,时为将,身所奉饭饮而进食者以十数,所友者以百数;大王及宗室所赏赐者,尽以与军吏士大夫,受命之日,不问家事。今括一旦为将,东向而朝,军吏无敢仰视之者;王所赐金帛,归尽藏之,乃日视便利田宅可买者。王以为若其父乎?父子不同,执心各异。愿王勿遣。”王曰:“母置之,吾已决矣。”括母因曰:“王终遣之,即有不称,妾得无随乎?”王许诺。括既代廉颇,悉更约束,易置军吏。秦将白起闻之,纵奇兵,佯败走,而绝其粮道,分断其军为二,士卒离心。四十余日,军饿,赵括出锐卒自搏战,秦军射杀赵括。括军败,数十万之众遂降秦,秦悉阬之。赵前后所亡凡四十五万。
📖 白话文翻译
秦、趙を攻む。趙王、趙括をして将たらしむ。括の母、言う「括は将たるべからず」。趙王問う「何ぞや」。対えて曰く「始め妾、其の父に事ふるや、父の将たるや、自ら奉ずる飯食する者十人に拠り、友とする所の者百余人。大王及び宗室の賞賜する所は、尽く軍吏士大夫に与ふ。命を受くるの日より、家の事を問はず。今括、将と為るや、東向して朝を受け、軍吏敢へて之を仰視する者莫し。王の賜ふ金帛は、尽く帰りて家に蔵し、日に便田宅の買ふべき者を視る。王以て其の父に似たりと謂ふか。父子心を異にす。願はくは王、遣はすこと勿かれ」。趙王曰く「母、以て之を置け。吾已に決せり」。括の母因りて曰く「王終に之を遣さば、即ち不称あらば、願はくは妾をして坐せしむること無からしめよ」。趙王許す。括、廉頗に代りて、悉く約束を更め、軍吏を易ふ。秦の将白起、之を聞き、奇兵を出だし、佯りて敗走し、絶ちて其の糧道を断ち、軍を分かちて二と為し、士心離る。四十余日、軍飢う。括、鋭卒を自ら率ゐて搏戦す。秦軍、括を射殺す。軍敗れ、数十万の衆、秦軍に降る。秦軍、悉く之を坑す。趙の前後、所喪亡すこと四十五万。
💡 商战启示录
此の策は、現代の商戦における「机上の空論」の害を戒めるものである。趙括は兵書を熟読していたが、実戦経験に乏しく、就任後は廉頗の堅実な戦略を全面的に覆し、盲目的に制度を改め、旧将を罷免した。ついには全軍を壊滅させるに至った。これは、企業において外部から招聘された経営幹部や、理論モデルに過度に依存し一線の実践を軽視することのリスクを映し出している。例えば、某インターネット企業は名門校のMBA出身のCEOを招聘したが、彼は西洋の経営理論をそのまま踏襲し、組織構造を大幅に再編し、古参社員を解雇し、企業固有の文化や市場の実情を無視した。その結果、製品の反復開発は制御を失い、中核的人材は流出し、企業の時価総額は半分以上も減少した。逆に、任正非のような成功したリーダーは、「砲声の聞こえる者に砲火を呼ばせる」ことを強調し、一線の経験を尊重し、戦略において柔軟性を保っている。商戦の教訓は次の通りである。戦略の策定は実戦と結びつけ、理想化を避けるべきである。変革は漸進的に行い、既存の経験を尊重すべきである。リーダーは独断専行ではなく、謙虚で現実的であるべきである。趙括の敗北は、現実から遊離し、剛愎自用に陥ったことに起因する。現代の企業はこれを戒めとし、意思決定が個人の書物上の知識や権威への幻想ではなく、真実のデータとチームワークに基づくことを確保すべきである。