💡 詳細解説
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」は『論語・先進』から出た言葉で、孔子が子張と子夏を評価したものである。子張は才気が高く志が大きかったが、物事をやり過ぎることが多かった。子夏は信念が篤く慎重に守ったが、物事が不足しがちであった。孔子は、両者とも同じように良くないと考えた。この成語の核心的な意味は、物事をやり過ぎることは、やり足りないことと同じで、どちらも中道に合わないということである。それは儒家の「中庸」の哲学思想を体現しており、何事もほどほどが肝心で、偏りがないことを強調している。使用場面としては、他人に物事の加減をわきまえ、極端に走らないように諭すときによく使われる。また、自分自身を省みて、過度や不足を避けるように注意するのにも使われる。感情的な色彩としては、理性的で穏やか、諭すという意味合いを持ち、厳しい批判でもなく、褒め称えるのでもなく、客観的な注意喚起である。文化的背景としては、中国の伝統文化において「度」が重視されてきたことを反映しており、どんな美徳や行為も、一度度を越せば反対のものになってしまうと考えられている。したがって、仕事であれ、学習であれ、人付き合いであれ、適度の原則に注意を払うべきである。